高齢妊活・高齢妊娠のリアルな体験談を集めました

35歳以上の女性に妊活している、または妊娠して無事出産した体験談を書いていただいたものをまとめました。

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4年の妊活の後,妊娠できました

結婚して7年です。

32歳から妊活をはじめ、4年後に妊娠できました。

 

諦めかけた頃、人工授精での妊娠

 

私は2人目不妊でした。

27歳の時に特に妊活らしいことも何もしないまま、自然に1人目を妊娠しました。

その後も自然にまかせておけばいつか2人目ができるだろうと軽く考えていました。

でもその後、避妊もしていないのに妊娠を全くしないので、32歳の時に初めて不妊治療を考え、婦人科を受診しました。

卵管通気検査、主人の精液検査、フーナーテスト等不妊治療の一通りの検査をしましたが、夫婦ともに全く問題がないことが分かりました。

しいて言うなら、私の排卵が12~13日周期でまだ卵が大きくなりきっていないのに排卵してしまうという事でした。

それでも妊娠の可能性は十分にあるという事で、排卵誘発剤クロミッドという薬とHCG製剤という注射を生理周期ごとに交替で使い妊活をしていました。

最初は9つの卵胞が出来たりし、排卵誘発剤が向いていないのかと思いましたが、次第にきちんとした大きさの卵胞まで育ってから排卵するようになり何もしないよりは妊娠の確率が上がっていると実感できました。

主人は1人子供がいるのだから、体外受精までは考えられないという人でしたので、人工授精までの妊活でした。

妊活を始めてから4年もう諦めかけていた時の人工授精の結果なんとか妊娠することが出来ました。

 

妊活の大変さ・・・夫の理解が少なかったことと周囲の妊娠

 

まず、夫婦の考え方が違うという事が大変でした。

私は毎日排卵までの間妊娠したい一心で痛くてお尻にアザが出来るくらいの排卵誘発剤の注射をうっているのに、いざ排卵日という時主人は眠いとか疲れたとかでタイミングが取れない時の辛さは大泣きするほどでした。

出来ないのなら1人っ子でも良いという主人の考え方とどうしても2人目が欲しい私の考え方の違いで何度も言い合いやケンカになりました。

排卵誘発剤の注射も、地元では有名な不妊治療の名医の婦人科まで通っていたので、片道車で1時間程、待ち時間1~2時間と注射を打つだけに毎日ほぼ午前の時間を費やしていました。

そんな大変な思いで妊活していたのに、生理が来てしまったり、高温期が終わってしまったりしたときは、その度に本当に辛かったです。

また、一緒に妊活していた親戚の子が体外受精によって早々に妊娠した時は、何故私の主人は体外受精に理解を示さないのだろうと悶々としていました。

友人が妊活もしていないのに3人目が出来てしまい家族計画失敗とか言っているのを聞いて、こんな大変な思いをしているのに何故私だけ妊娠できないんだろうと思っていました。

4年もの妊活期間は悶々とし続けていたと思います。本当にもう駄目だと諦めかけた時の妊娠でした。

 

妊活でできた仲良しグループ

 

4年もの長い不妊治療は、心も体もボロボロという感じでした。

そんななか妊活仲間が出来、色々情報交換していました。

有名な不妊治療をしている婦人科に長い間通っていた為、顔見知りになり次第に仲良くなった人たちです。

長年待合室で良く見かけていた人たちばかりで、軽い挨拶の後、待っている間に話が弾み仲良くなりました。

そんな妊活の仲間達でLINEのグループを作り妊活時の食生活や妊娠の確率を上げるコツ、主人の妊活への非協力的な態度への悪口、そんな主人に協力させるコツ等本当に仲間意識を持って情報共有していました。

私より早く妊娠出来た人も、まだ頑張って妊活している人もいまだに仲良くグループで交流できています。

時にはお茶をしたり、ランチをしたりして友人関係が続いています。

これは、長い間本当に同じつらさを味わった人達だから喜びも辛さも一緒に共有できているんだと思います。

最初、この中の友人が妊娠できたと知った時は、自分の事のように涙を流して喜ぶことが出来ました。

1人目の妊娠は妊娠、出産もスムーズだったので、このような産婦人科で出会った友人は全く出来ませんでした。

食べる物や普段の生活もいい加減でしたが、二人目はいろんな情報共有のなか楽しく妊娠生活を送ることが出来ています。

高齢妊娠の難しさとゆるゆる妊活

結婚生活6年目に入りました。

 

漠然と子供が欲しいと考えたのは、主人と結婚する話が持ち上がってからなので、30代前半くらいです。
ただ、私の両親が結婚に反対していたため、結婚当初は1年くらい避妊していました。
従って、実際に妊娠したいと切実に思うようになってのは、5年くらい前からになります。

 

病院に行くまで3年くらいは避妊しなければ妊娠するという誤った思い込みで、貴重な時間を費やしてしまいました。

その後、39歳の時に区の子宮頸がんの無料検診で産婦人科を訪れ、結構大きな子宮筋腫があることがわかり、手術しました。手術後3ヶ月くらい経過観測があり、40歳になるかどうかというタイミングで不妊治療を始めました。

なので、妊活歴はトータルで4年弱だと思います。

 

筋腫除去後の妊活

 

病院へ行くまでの妊活は、基礎体温を測って、たぶん排卵日だと思われる前後で避妊しないでタイミングをとるという方法のみを行っていました。

食生活などはまんべんなく栄養を取ろうという意識はありましたが、妊活によいとされる食べ物や飲み物、サプリなどは摂取していませんでした。

病院で不妊検査と並行して行った妊活は次の通りです。

マルチビタミンマルチミネラルというDHCのサプリを毎日摂取するようにしました。

ルイボスティーを寝る前に1杯、主人ともども飲むようにしました。

・もともと筋腫ができやすい体質だとお医者さんに言われたことをきっかけに、なるべく筋腫ができないよう体質改善したいと思い、漢方薬局で私の体質に合った漢方を処方してもらい、その生薬を煎じて毎日服用していました。

市販されている顆粒状の漢方でも、服用する人に合っていれば効果はあると思いますが、自分の悩みに対処されている自分だけの漢方の方が効き目が大きいように感じました。

・病院では不妊の検査と並行して、卵胞の育ち具合をエコーでみてもらいつつ、タイミング法を5~6回試しました。

途中、病院へ行く都合がつかず、お休みした月もあります。私の年齢を考慮すれば、タイミング法を飛ばして次のステージ(人工授精や体外受精、顕微授精)に進む方が確立だけ見れば高くなると思いますが、私たち夫婦は金銭的及び精神的な面を考慮し、治療のステップアップはしませんでした。

 

夫婦ふたりでと考え始めたとき、やってきた赤ちゃん

 

妊活で大変だったと思うことは、妊活の期間が長くなってくるにつれて、精神的に辛くなってくることがまずはあげられると思います。

特に妊娠を望んでいないときであれば、気にも留めないような些細な他人の言動も、妊活が長くなってくるとそれに傷ついたり、ストレスを感じたりしがちです。

また、他人が妊娠したとか出産したとかいうおめでたいはずの話も素直に喜べないような心理状態になり、自己嫌悪に陥り、さらにストレスを感じるという悪循環も経験しました。

何をしたからといって必ず妊娠するものではないため、なかなかゴールが見えづらい時間を、でもあきらめずに前向きに過ごさなくてはいけないという生活は、表現するのが難しい辛さがあると思いました。

幸運にも、病院での不妊治療を始めて1年しないうちに、自然妊娠することができました。

妊活をしながらも、どこかで夫婦2人の生活を具体的にイメージし始めたところだったので驚きました。

私の場合は、子宮筋腫の手術をしたことが妊娠に至った大きな要因だったようですが、親に孫の顔を見せられない自分はダメな人間だとか、他の人が普通にできることができない自分は女性として問題があるのかもとか自分を追い詰めるようなマイナス思考を手放すよう努力したことも功を奏したような気がします。

 

周囲にも妊娠を報告し、幸せです

 

ぎりぎり40歳で妊娠し、いま妊娠生活を送っています。

妊娠初期は、高齢妊娠は20代や30代前半の妊婦さんと比べて流産率が高いという医学的なデータもあり、病院に行って赤ちゃんの心音が確認されても、常に不安を感じていました。

 

特に、初期は少量の出血(ちょっと茶色いおりものが出るなど)があったり、体がだるかったり無理がきかなかったりしたので、不安に思う材料が多かったのかもしれません。

妊娠中期に入るまでは、主人以外には、実家の両親も含め、妊娠のことは伏せていました。妊娠がうれしくなかったのではなく、流産した場合のことなどを考慮して、あえて話をしませんでした。

妊娠したことを実家の両親に話したら、意外なことに、とっても喜んでくれて、その姿を見たときに妊娠できたことを素直に喜べるようになってきました。親戚なども喜んでくれて、周りの温かい反応にも感謝しています。

妊娠中期も後半に入ってくると、赤ちゃんの胎動を感じるようになってきました。

やはり、胎動を感じるようになると、赤ちゃんが生きていることが実感できて、幸せだなと思います。おなかの赤ちゃんに話しかけたり、お腹を軽くたたいたりすると、それに応えるように胎動を感じて、そんな時は楽しく感じています。